ロンドンの書籍商ジョン・デイによって刊行された『キリスト者の祈祷と黙想』(Christian Prayers and Meditations, 1569)は非常に特異な祈祷書である。もともとは、エリザベス一世の個人的な祈祷書として出版され、冒頭に祈りを捧げるエリザベスの姿をかたどった木版肖像画が挿入されているため、「エリザベス女王の祈祷書」としても知られている。 その後、ジョン・デイの息子リチャードがそれを改訂し、さらに多くの挿絵を付け加えて『キリスト者の祈祷書』(A Booke of Christian Prayers)として1578年、1581年、1590年にそれぞれ刊行、最終版は1608年に書籍商組合によって出版された。プロテスタント教理に則った祈祷書であるにもかかわらず、カトリックの伝統的な時祷書を模して、全ページに木版画の欄外装飾が施されている。 イングランド国教会が視覚的イメージをカトリック的残滓として忌避し、聖像や聖画などを教会から排斥したことを考えると、『キリスト者の祈祷書』の装飾的パラテクストは、そうした方針とは正反対の方向性へと読者を誘いかねないものだ。そういう意味で、この祈祷書はなんとも特異である。逆に言えば、この祈祷書の特異性がどのように生まれたのかを考えれば、宗教改革後のイングランドにおける『キリスト者の祈祷書』出版の意味や、視覚的イメージが当時の人びとに対して持っていた影響力を明らかにすることになる。当該研究では、この書物の欄外装飾＝パラテクストを通して、当時の宗教と視覚文化の関係を考え直し、「イングランド国教会と視覚文化──『キリスト者の祈祷と黙想』の出版を中心に──」（『『キリスト者の祈禱書』を読む』（埼玉大学リベラル叢書、２０２０）という形で纏めた。
Christian Prayers and Meditations (1569) is an extremely informative piece of historical evidence that can help enhance our understanding of the multi-layered cultural reactions to visual images. This prayer book was initially published by John Day, a stationer based in London, for Elizabeth I's personal use. In 1578 and 1581, Day worked with his son Richard to print a revised edition aimed at a public audience, renamed A Booke of Christian Prayers and complete with a number of illustrations. Evidently the book enjoyed enduring demand, for a third edition was printed in 1590 by R. Yardley and Peter Short "for the assignes of Richard Day", and again in 1608 by the Stationers' Company. This study aims to tackle the long-overlooked question of the border illustrations in Christian Prayers and Meditations, by first identifying the source of its biblical illustrations. Then, It examines the book's production process, by considering how Catholic images initially made for French books of hours found their way to John Day's printing house and into this prayer book.