本稿は,現在に至る中国の商業改革はどのような体制改革理念に基づいて可能になったかを探る研究の一つとして,改革初期の「調整期」(1979-82年) における商業観と改革理念についての考察を行なうものである。1979年4月,「調整,改革,整頓,提高」の方針が打ち出され,これ以降の3年間は「調整期」と名付けられた。調整期は,大躍進政策の失敗後の1960年代前半にもあったが,今回の調整期は,前回と共通な点がある反面,対外開放と企業のレベルにおける分権化という新しい要因が付け加わった点で,市場経済体制に移行する可能性を含んだものであった。この時期に,孫冶方と于光遠という二大経済学者が,商業の社会経済的意義をどのようにとらえていたかを,両者の論文に依って考察する。そして,于光遠は「社会的生産の目的は,社会の構成員の日増しに増大する需要を充たすこと」と喝破しているように,消費の視点を入れた経済理論に基く商業観を持ち,市場経済体制への改革の展望を切り開くことができたという結論を得た。調整期における商業観を論じた本論文の主要な部分は以上であるが,後半部分で,計画的商品経済,社会主義初級段階,社会主義市場経済など,調整期以降に提示され,現在の中国商業の繁栄,外資への規制緩和などをもたらした体制改革理念の深化を明らかにしている。また,最近の憲法改正において私有財産権の保護にまで至ったことを挙げ,社会主義と自由主義との相克に今後一層着目する必要があることを指摘する。
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