ヒトの皮膚には多数の細菌が生息しており, 皮膚常在菌叢を形成している。皮膚常在菌叢は個人固有であり, これらの違いが皮膚状態に影響を与えていると考えられる。卒業論文では皮膚常在菌叢の包括的理解に向け「皮膚疾患と皮膚常在菌叢の関係解明」, 「皮膚常在菌を用いた個人識別法の構築」の2つのテーマについて報告する。本卒業論文ダイジェストでは, 前者のうちニキビ患者を被験者とした研究成果について簡潔にまとめる。ニキビは代表的な皮膚疾患の1つであり, Propionibacterium acnes(アクネ菌)がニキビを発症させる原因菌のひとつとして知られている。アクネ菌は皮脂分泌量の多い部位で増殖し, 炎症を誘導することでニキビを発症させると考えられているが, その詳細は不明である。先行研究ではアクネ菌の16S rRNA遺伝子に対しサイクルシークエンス法を用いることでアクネ菌の遺伝子型を決定し, アクネ菌とニキビ発症との関連が菌株レベルで異なることを明らかとした。これはすなわちアクネ菌株のゲノムレベルでの相違が, ニキビ発症に関与することを示している。しかし従来の分析手法では, 一度に解析できる塩基配列の数が少なく, 網羅的な解析は不可能であった。そこでわれわれは, アクネ菌遺伝子型の網羅的な解析を行なうため, 超並列シークエンサーと分子生物学手法を組み合わせることで, アクネ菌遺伝子の特定部位を網羅的に解析する手法を確立した。本手法を用いて同一個人内におけるニキビ部位と他の体表部位とでアクネ菌遺伝子型を比較した結果, 遺伝子型組成が極めて類似していることを見出した。したがって, アクネ菌遺伝子型のみがニキビ発症に関与するわけでない可能性が示唆された。また, 細菌叢が有する遺伝子機能を予測した結果, 脂質代謝等の遺伝子群の存在量が, ニキビ部位と他の部位で有意に異なっていることが明らかになった。これらの結果から, ニキビ患者はニキビを発症していない部位でも同様のアクネ菌遺伝子型を所有しているが, 遺伝子機能が異なる可能性があり, 他の微生物や宿主からの皮脂分泌などがあいまってニキビ発症につながると考えられた。
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