齧歯類の発生過程において, 心臓は劇的な形態変化を経る。心臓を構成する心筋細胞ではイオンチャネルや交換体の量的変化はもちろん, 胎児と成体では異なるアイソフォームが使われて質的な変化が報告されている。心筋細胞の収縮に関わるタンパク質のアイソフォームの変化は, 筋収縮時のATPase活性や筋収縮の速度や収縮力に変化を及ぼし, トロポニンIにおいてはCa2+の感受性に差を生じさせることが報告されている。本研究では, 発生過程による収縮関連タンパク質のアイソフォームの変化が胎児期から新生仔期, そして成体の心臓において, Ca2+の感受性や収縮速度, 収縮に必要なエネルギー消費に影響を及ぼすことに着目し, 包括的な検討を行うための数理モデルを構築した。胎児期と成体での収縮機構の比較を行なうため, 発生過程上典型的な4段階(胎生初期・後期, 新生仔期, 成体)の膜興奮を再現することが可能なKuzumotoらの包括的心筋細胞モデル(Kyoto model)にアイソフォームの違いを表現可能なNiedererらの収縮モデルを統合した。収縮関連タンパク質の違いを表現する事により, 成長過程における膜興奮にくわえ, 収縮力の定量的評価が可能となった。また, 心筋細胞一拍動あたりのATP消費量が算出できるようになった。先行研究を含めて, 胎児期の心筋細胞での膜興奮や収縮機構のシミュレーションが可能になることは, 胎児期の低酸素状態への耐性メカニズムの推測に繋がることや, 成体の心臓に酸素の供給がうまく行かなくなった時に少しでも長く生存するための手がかりとなると考える。また, 心肥大などの疾病は胎児期に発現していたアイソフォームを再発現する事が知られており, これらの疾病の研究に本研究で構築したモデルを応用可能であると考える。
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