固形がんでは, 血管形成不全のため, 正常な組織にはみられない低酸素・栄養飢餓状態などのストレス環境が存在する。そのストレス環境下での生存を可能にするため, がん細胞は, ストレスに対する適応応答を誘導することが知られている。本研究では, ストレス環境下でのがん細胞の生存及び維持において, 小胞体ストレス応答 (UPR, unfolded protein response)がどのように関与しているかについて検討を行った。第一に, がん細胞集団の維持に中心的な役割を果たす, がん幹細胞におけるUPRの役割について明らかにすることを目的とし, 第二に, 細胞内代謝産物及び遺伝子発現の網羅的解析を行い, UPR誘導・非誘導時の細胞内プロファイルを明らかにすることを目的とし, 研究を行った。
まず, がん幹細胞におけるUPRの役割については, 大腸がん細胞HT29細胞株のストレス負荷下における, がん幹細胞マーカー分子の発現を観察することにより評価を行った。その結果, マーカー分子の一つであるLGR5は, UPRを誘導するストレス環境下において, 顕著に発現量が減少することが明らかになった。また, 小胞体膜上に存在するUPRのセンサータンパク質の一つであるPERK経路の活性化阻害により, LGR5の発現減少が回復する事実を見出した。このことから, PERKを介したUPRの誘導により, がん幹細胞マーカー分子であるLGR5の発現が制御されることが明らかになった。
次に, グルコース飢餓環境下でUPRを誘導しないことが知られている, ミトコンドリアDNA(mtDNA)欠損がん細胞(ρ0細胞)を用いて, UPR誘導時・非誘導時の細胞応答性について検討した。具体的には, mtDNAの有無によるグルコース飢餓下での応答性の違いを, 遺伝子発現及び代謝産物の網羅的解析により, 比較した。その結果, mtDNAを有するHT29細胞の親株は, 18時間のグルコース飢餓により, 既知のUPR関連遺伝子群の変動を示したが, ρ0細胞ではその変動を認めなかった。そこで, UPR活性化以前の細胞変化を明らかにするため, 飢餓ストレス6時間後の細胞内代謝物を観察したところ, ρ0細胞では, 解糖系の活性低下とともに, 細胞内のピルビン酸及び, アスパラギン酸・アラニンなどの必須アミノ酸の量が顕著に低下することが分かった。一方で, 親株では, 同様にピルビン酸は低下するが, それらのアミノ酸は増加することが分かった。これらのことから, UPRの誘導には, グルコース飢餓下におけるピルビン酸や各種アミノ酸の変動が関与する可能性が考えられた。
以上の結果から, UPRの腫瘍増殖維持に対する役割の理解が深まり, UPRを制御する新規抗がん剤の開発に貢献できる可能性が期待された。
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