A, T, C, Gの4文字で表現されるDNAの暗号文をもとに, アミノ酸から成る生命活動に不可欠なタンパク質が翻訳される際には, 遺伝暗号と呼ばれる厳密な対応関係が存在する。遺伝暗号の実体は3文字ずつの組み合わせが計20種類のアミノ酸を指定することであり, この生命システムの大原則は多くの生物で共通である。Transfer RNA(tRNA)は遺伝暗号を読み解く際にアダプター分子として働くため, 遺伝情報からタンパク質への架け橋というまさにセントラルドグマの核心を担う。それゆえ, 本分子の進化や機能を探求することは, 遺伝暗号の成り立ちや普遍性を議論する上で欠かすことができない。そこで本研究ではなかでも真核生物tRNAに着目し, 生命情報学•実験生物学的手法を併用してその進化的多様性や構造的特徴, および化学的特性を詳細に調べた。その結果, 通常とは異なる分子構造をもつ奇妙なtRNAを, 線虫というある種属特異的に発見し, nev-tRNAと命名した。また試験管内の実験により, これらが普遍的と考えられている遺伝暗号を変則的な暗号へと変換する活性を有することを明らかにした。さらに線虫の生体内において, nev-tRNAが翻訳に使用可能な状態で存在していることも見出した。しかし, 少なくとも通常飼育環境下では翻訳に使用されている可能性は低く, 環境ストレス応答といった条件特異的な機構への関与が推察される。以上の成果は, tRNAの分子構造の変化により遺伝暗号が拡張し得ることを示した高等真核生物における初めての例であり, 遺伝暗号の更なる理解や近代のtRNA研究への貢献が期待される。
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