細胞は, 酸化ストレスを防ぐ複数の機構を備えており, 特にがん細胞は効率的な抗酸化機構を持つと考えられている。近年, この抗酸化機構への代謝物の関与が見出され, グルタチオン代謝による酸化還元状態の調節機構などが注目を浴びている。一方で研究対象となる代謝物はごく一部に限られており, 細胞の酸化ストレス抵抗性に寄与する代謝機構がまだ埋もれている可能性がある。そこで本研究では, メタボローム解析により細胞の酸化ストレス耐性に寄与する代謝機構の網羅的な探索を行った。はじめに, 酸化ストレス刺激に応答して変化する代謝物を調べるため, 臓がん細胞(Panc-1)に過酸化水素(H2O2)で酸化ストレスを負荷した時の代謝変動を調べた。その結果, 中心炭素代謝経路上の物質と, 還元性物質である還元型グルタチオン(GSH)とspermidineが, H2O2負荷から短時間のうちに大きく変化することが観測できた。H2O2負荷に対して還元性物質の変化が顕著だった事から, 酸化ストレス抵抗性に寄与する還元性物質を探索すべく18種のがん細胞株を用いてスクリーニングを行った。そして, 定常時の細胞内代謝物のうち, H2O2に抵抗性のある細胞株で顕著に濃度が高い25物質を同定することができ, そのうち中心炭素代謝系路上の物質10種がH2O2を還元して除去することをin vitroで確かめた。さらに高濃度グルコース条件下で, 細胞内の解糖系とペントースリン酸経路の代謝物を増加させた細胞は, H2O2負荷に対する細胞内H2O2上昇の抑制と生存率の回復が確認することができた。以上の結果をまとめると, がん細胞の抗酸化作用にはGSHだけでなく還元能を持つ中心炭素代謝経路の物質も寄与しており, 酸化ストレス刺激があった場合にも代謝物が瞬時に反応して酸化物を除去し, 細胞内の酸化還元状態の維持に寄与している可能性があると考えられる。
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