1999年1月に横浜市立大学附属病院で発生した患者取り違え事故をきっかけとして, 医療に対する社会的なニーズは多様化し, より質の高い医療サービスが国民から求められている. 医療の質については, 医療事故の発生による危機意識から, 特に医療の安全への要求が高まっている. しかし, 日本における医療事故・医療安全研究は近年ようやく行われるようになった段階であり, 極めて不十分である. 医療の安全について十分な議論が行われてこなかったことから, 医療事故をめぐる課題を検討するための基礎となる研究が不足している.
そこで本研究では, 安全な組織風土の形成に大きな影響を与える「安全文化」に着目し, 医療組織において安全文化を醸成する要素の解明を行う. 質の高い医療サービスを提供する医療組織を構築するために, 「医療組織における安全文化診断」を構築することを目的とする.
本研究では, 質問票調査とインタビュー調査を行った. まず, 調査対象である医療組織における安全文化意識の傾向を概観するため, 全国の医療組織における職員を対象とした質問票調査を行った. 質問票は「安全文化の8軸モデル」を基に独自に作成した設問を用いた. その結果, 49の病院から4, 967の質問票調査回答を回収することに成功した. 収集されたデータはt検定(平均の差の検定)によって定量的に分析し, 病院別, 職種・職位別の比較を行った.
次に, t検定の結果に基づいて選定した調査対象病院に実際に赴き, 安全管理担当者と一般職員に訪問インタビューを行った. 前述の質問票調査の分析結果をフィードバックした上で, 安全文化の変化や, 安全推進の取り組み内容, 職場の雰囲気などの質問をした結果, 3病院の16人の職員から1, 017の発言が収集された. 収集されたデータはコーディングにより発言内容の分類を行った.
安全文化意識の傾向を比較するために職種による違いに着目し, 中でも医師と看護師の2職種について回答結果の比較を行った. 3病院に対する質問票調査において特徴的な傾向の見られた設問について, インタビュー結果と合わせて特徴を整理し, 病院ごとの安全文化意識に影響する要因を抽出した. この結果, 安全文化診断の妥当性が示されたこと, および診断結果の受容性が確保できたことから, 医療組織における安全文化診断として確立できることが確認された.
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