本論文では, 人を取り巻く柔らかい日用品(以下, 柔軟物)を人と情報環境をつなぐインタフェースとして扱い, 温もりのあるサービスを展開していくビジョン「柔軟物コンピューティング」を掲げる.
柔軟物は, 素材の物理的な柔らかさや保温性と, それに伴う緩衝材としての役割や, 形状や触覚的な生物らしさから所有者が愛着を抱く嗜好品としての役割を担っており, 家庭に快適性を提供している. 柔軟物は, こうした役割の多様性から身の回りにあふれていて, 居住者と長期的に密着している存在である.
我々は, この柔軟物を人と情報環境がインタラクションをするインタフェースとして扱うことで, 居住者に近い位置にインタフェースとしての機能を持つ観測点や提示部位を設置できるようになるため, 確実で長期的に人の状態を計測し続けることができるだけでなく, 触覚や動きを通して人の感覚に直接的に訴えかけるような, 心理的負担が少ない情報提示が可能な「人の懐に入り込むインタフェース」を構築し, 生活空間に馴染むインタフェースを目指す.
柔軟物コンピューティングを実現するためには, まず柔軟物に対して計測システムや駆動機構を適切な形式で組み込み, インタフェース化していくことが重要である. 既存のセンサやアクチュエータは硬い素材によって構成されており, これらを柔軟物に組み込むための方法が必要となる.
そこで本論文では, 柔軟物をインタフェース化するデバイスの構成する手法を提案する. これに従って構築されたデバイスは, 柔軟物に容易に組み込むことができ, 日常的に生じる人の動作を計測し, 自然な形で情報を提示可能なインタフェースに変換できるものである. この構成手法には3つの設計要素が組み込まれている. 1つめは, 柔軟物を構成する素材特性や構造を利用してコンピューティングをすることである. 2つめは, 電子機器などに知識がない素人でも柔軟物にデバイスを容易に組み込むことができるようにモジュール化をするということである. 3つめは, モジュールを分散協調制御にすることで, 形状や大きさが異なる柔軟物に対しても組み込むことができるようにすることである.
本論文では, この構成手法の有効性について検証するために実際にデバイスを作成する. 次に, 構築したデバイスを我々の生活空間に存在する柔軟物に組み込むことによりインタフェース化を試みる. 続いて, インタフェース化された柔軟物と人との関係性を踏まえてインタラクションデザインを行う. この流れにおいて, 工学的な計測実験やユーザスタディを行うことで, デバイスが柔軟物にインタフェースとしての機能を付加できているか, また, 柔軟物にデバイスを組み込むときの要件を満たしているかを検証する. さらに本論文では, 試作を通して柔軟物コンピューティングが描く未来のライフスタイルを議論し, その応用と適用範囲を明らかにする.
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