19世紀フランスは「小説の世紀」と言われ、その主要な潮流がレアリスムだった。本研究では、個別の作家の枠を超えて、レアリスム文学の全体像に迫ろうと試みた。そしてバルザック、ユゴー、フロベール、ゾラ、ゴンクール兄弟など、フランス・レアリスム文学を代表する作家の諸作品を通じて、いくつかの重要なテーマを考察した。
まず、バルザックとゾラは、地方との対比において首都パリの力学を強調し、その習俗を描いた。登場人物たちの行動と運命は、パリの発展と階級的な構図に強く規定されていることが分かった。そこには19世紀前半に一世を風靡したジャーナリスティックな「生理学」シリーズとの共通点があることを、「生理学シリーズの原点」で詳述した。
次にレアリスム文学は、小説ジャンルのなかに「民衆」とその風俗を取りこんだ。貴族やブルジョワが中心となる18世紀までの小説と異なり、フランス革命を経た後の19世紀小説は、歴史の舞台に登場してきた民衆に光を当て、社会の闇の部分をえぐり出そうとした。その一例は、死刑囚の苦悩をつづったユゴーの小説『死刑囚最後の日』である。研究代表者はその新訳の「解説」において、同時代の司法や刑罰制度と関連させながら、この小説の意義を詳しく論じた。
第三に、とりわけ19世紀後半のレアリスム小説において、身体とその病理が重要なテーマを構成することが理解できた。医学、生理学の思想がこの時代の文学に強い影響をあたえたことに伴って、作家たちは身体をさまざまな意味が凝縮する場として認識し、表象した。その点をエドモン・ド・ゴンクール作『シェリ』を中心にして論じたのが、「若い娘たちの表象――魂から身体へ」である。なお研究代表者はこの主題を発展させたうえで、『逸脱の文化史――近代の〈女らしさ〉と〈男らしさ〉』(仮題)を近く上梓する予定である。
The nineteenth century is the century of the novel and realism is the mainstream. I tried to highlight its major themes, taking Balzac, Hugo, Flaubert, Zola and Goncourt as object. First, Balzac and Zola emphasize the dynamism of Paris in opposition to the doldrums of the provinces, inscribing the action and fate of their characters in Paris. Then, writers grant for the first time an independent and privileged status to the people in the history of the novel, because the people made their appearance on the historic scene in the wake of the French Revolution. And finally, the body and its pathology are presented as important elements in the realistic novel of the second half of the nineteenth century, especially in the novels of Goncourt and Zola.
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