近年, 我が国では, 期限表示偽装, 欠陥車放置, 点検記録の改竄・隠蔽, 粉飾決算, 情報隠蔽などの倫理コンプライアンスに関連する不祥事が相次いで起こり, メディアを賑わせている。これら不祥事を未然に防ぐには企業を取り巻く法的制度のような外部環境の整備だけでは不十分であり, 企業関係者の倫理コンプライアンスの醸成が必要不可欠である。不祥事の引き金となる不正行為は価値観の対立・葛藤に基づく歪んだ判断であると仮定すると, 当事者の判断の背景には価値形成にかかわる特徴的な傾向があるのではないかと考えられる。
そこで本研究では不正が行われた背景を既存の公開資料を網羅的に調査検証することにより探り出し, これに対する対応戦略の提案を行うことで, 企業関係者の意識を変え, 倫理コンプライアンス醸成に寄与することを目的としている。尚, 本研究では組織業務や組織が扱う財・サービスに関する法令やその他のルールを守る組織内活動を指す狭義の「コンプライアンス」と, 社会規範や倫理規範といった概念を含む「倫理コンプライアンス」を区別している。
本研究では公開された資料・文献調査により, 個々の事例の不祥事の根本原因分析を行い, どのような価値観が優先されて問題を起こしたかを調査した。分析結果を数量化理論Ⅲ類にかけ, 類型化のためのクラスター分析を行い, 不正が行われた背景を4つの類型に分類した。得られた結果は以下のとおりである。()内は軸の固有ベクトル
1次元(+)「世間体考慮型傾向」(保身=1.128 体面=1.237)
1次元(-)「他者依存型傾向」(業者任せ・過度な信頼依存=-0.841 指示・命令=-1.429 前例主義=-1.685)
2次元(+)「業務優先型傾向」(技術的安全=0.679 告発=0.696 業務継続=0.699 社会的影響の考慮=0.799 改竄隠蔽=1.065)
2次元(-)「ゆでガエル型傾向」(リスク認識欠如=-0.778 工程=-1.421 通常業務=-1.667 形式主義=2.099)
倫理コンプライアンス問題の対応戦略として, 倫理コンプライアンス醸成に必要不可欠である倫理価値判断能力の向上のため, これら4つの傾向に陥りやすい状況を作り出すジレンマ(価値観の対立・葛藤)を埋め込んだケースメソッド教材の試作方法を提案し, その適用性について, エキスパートレビューによる検証を行った。
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