本論文では,移転価格税制について,まずその税制の内容や歴史的な展開,独立企業間価格の産出方法などについて述べている。そして常に本税制においてリーダーシップを発揮してきたアメリカが,議論の中心を租税回避行為の除去から利益の国際間での最適配分ヘシフトさせてきている状況を見ている。このような動きは税の中立性を著しく損なうものであるため,今後ますます議論されることになるだろう。次に,多国籍企業の親会社・子会社間の取引に用いられる移転価格の設定の目的や実態を,従来管理会計の領域で議論されていた事業部門の内部振替価格と比較することによって概観している。今までの議論の多くは,事業部制と親子会社の関係を混同して展開されているものが多いため,どうしても世界レベルでの経営資源の最適配分が前面に押し出されるきらいがある。しかし,現地子会社は独立した1法人なので,企業グループの責任を果たす前に,それぞれの国において,適正な納税をはじめとした社会的責任を果たさなけれぼならないということを筆者は主張している。最後に,多国籍企業の移転価格税制に対する対応策を提示している。ここでは,企業の論理ではなく,各国の課税当局の論理で移転価格の設定を考えることが重要であることをまず示し,APAなどの制度を利用して,十分なコミュニケーションを企業と課税当局がとり,企業と世界の人々との共生と成長を目指すことが,今,企業に求められていることを示している。これを達成することで,企業は長期維持発展を達成できるのである。
|