一般に,維持すべき資本を企業に投下された貨幣の一般購買力と考える一般購買力資本維持論と,維持すべき資本を企業に投下された個別具体的な物的資産であると考える物的資本維持論とは,相容れない対立する資本維持論と見倣されているわけだが,英・米における,いわゆる物価変動会計制度化の不成功の原因は,両者の基本モデルそのものについて理論的整備が不十分であるということよりも,資本維持概念の選択のための決定的な拠り所とでもいうべきものを見出だすことができず,どちらか一方を選択するということが非常に難しいためであると考えられているようである。資本維持概念の選択という問題は,単に資本維持概念の確定そのものだけにとどまらず,会計というものをどのように捉えるかということに深く関わる重大な問題であると思われる。そこで本稿では,企業観というものに焦点を当てながら自らの資本維持論を強く打ち出しているGynther, R. S.の所説を取り上げてこの問題について考えてみた。彼は,過去の経験が異なればひとの内部に形成される価値システムも違ってくるため,企業についての知覚もひとによって違ったものになりうるということ,その異なる知覚は大きく二つ,すなわちproprietorの見地とentityの見地に分けられ,これらの異なる見地が物価変動会計についてなされる様々な提案の基礎となる種々の資本維持概念を引き起こすものであるということを主張している。つまり,どのような資本維持概念が選択されるかは企業観にかかっているというのである。この企業観をもとにした資本維持論というのは一見したところ,非常に論理的なものであるような印象を与えるせいか,我が国においてもその所説は多くのひとによって紹介されているようである。確かにGyntherの資本維持論は興味深いものではあるが,しかしその論理展開には検討すべき点がだいぶあるように思われる。
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