平成18年度医療制度改革関連法案は,国及び都道府県に,医療費適正化計画を策定することを義務づけた.都道府県は,地域の実情に応じて計画を作成するものと定められており,その前提として詳細な医療費分析を行うことが求められている.
地域の医療費水準を相対的に把握する方法の一つに,医療費の地域差指数の算出がある.しかし,現在の算出方法では,地域別あるいは性,年齢,疾患別等の細かな区分に分けて計算する際に,分析単位の小ささから,誤差変動が大きくなるという,いわゆるSmall Area Estimation(SAE)の問題が生じてしまう.
SAEに関する国内の既存研究によれば, SAE問題を回避するため,経験ベイズ法による補正は市区町村別の死亡率等に使われているが,医療費の分析では未だ実施されていない.また,国外の研究を含めると,補正方法として経験ベイズ法以外にもいくつか提案されているが,日本では適切な手法選択について十分な議論がなされておらず,また,精度を高めることを念頭に複数の補正方法が開発された結果,補正方法が高度に発達する一方で,精度と簡便性の間にトレードオフの関係が生じていることが知られている.
本研究の目的は,2つある.第1にベイズ統計を用いて医療費指数の改良を行うこと,第2に小地域推定の方法選択に関する知見を獲得することである.具体的には,はじめにSAEの補正手法に関する既存研究のレビューを行い,医療費指数の改良に有用と考えられる4つの方法(Locally Weighted Average(LWA),経験ベ
イズ法(EB),階層ベイズ法(HB)のポアソンガンマモデルとポアソン対数正規モデル)があることを明らかにした.
次に,この4つの方法を実際の高血圧疾患の医療費データに適用し,補正の精度を実証的に分析した.分析結果を基に,データ区分(性・年齢区分)ごとに適切な補正手法と重視すべき点(精度あるいは簡便性のどちらか)を明らかにし,さらに補正前と補正後で選択される適正化重点対象地域に違いがないかを比較分析した.
本研究の分析結果から得られた結論をまとめると,以下のようになる.
高血圧疾患の医療費データでは,データ区分によっては,学術的に支持されている精度の高い手法の代わりに簡便な補正手法を代用したとしても,一定の推定精度を保つことが可能であることを示した.具体的には,高血圧疾患の発生頻度の高い年齢階層のデータ(高血圧,男性高血圧,女性高血圧,60-60歳高血圧,70
歳以上高血圧)では,簡便な手法であるLWA, EBで問題がないことがわかった,一方,① 人口規模の小さな地域のデータ(期待件数がおおむね500件以下),② 高血圧疾患の発生頻度の低い年齢階層のデータ(0-39歳, 40-49歳, 50-59歳)を補正する場合には,より精度の高い方法であるHB, EBを選択する必要があることがわかった.最後に,補正を行うことにより,適正化重点対象地域が大きく変化することを確かめ,指数の補正が必要であることを実証的に示した.
今後の課題として,誤差変動が大きくなる期待受診件数(対人口比)の規模を疾患別に明らかにすることが必要である.
|