タンパク質の翻訳後修飾の一つであるリン酸化は, 生体内の様々な細胞機能に関与しており, 特に細胞内シグナル伝達で重要な役割を果たしている。近年, 質量分析技術の発展により, 多生物におけるリン酸化タンパク質とリン酸化部位の網羅的な同定が可能となった。これにより, 生体内で特に重要な生命現象に関与するキナーゼの探索, 及びそのキナーゼの基質特異性を解明することが分子生物学におけるトレンドの一つとして注目されている。特に分子標的治療学分野においては, 癌やてんかんを始め様々な病因シグナルに関与するチロシンキナーゼ(TK)が最も重要な細胞内分子の一つとして考えられている。TKはヒトをはじめとして線虫やショウジョウバエといった幅広い生物種において存在が確認されているが, 一方で植物では未だに同定されていない。しかし, 2008年に高等植物の大規模リン酸化プロテオミクスにより, チロシンのリン酸化がヒトと同程度の割合で生じていることが確認され, 植物においてもTKがヒト同様にシグナル伝達機構の必須因子として機能している可能性が示唆された。
本研究では, 定量リン酸化プロテオミクスとin vitroキナーゼ反応試験を組み合わせることにより, 植物キナーゼのプロファイリング及びTKの探索を行った。192種類のコムギ胚芽無細胞合成法で合成されたシロイヌナズナのプロテインキナーゼを培養細胞由来タンパク質群と反応させることで, キナーゼ特異的なin vitro基質を取得した。同定されたリン酸化タンパク質を用いて各キナーゼにおけるリン酸化活性のプロファイリング及びモチーフ配列を取得することで, 植物シグナル伝達における新たな知見を深めることに成功した。
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