多くのバクテリアは真核生物とは違い環状の染色体を持っており,その環状ゲノム内には様々な対称性が維持されている.例えば,リーディング鎖とラギング鎖における遺伝子の偏りや,オリゴ配列の方向性,さらには塩基組成バイアスなどが挙げられ,様々な種類の対称性を観察する事ができる.その中でも最も代表的な例の1つが複製開始・終結点の対称性である.環状ゲノムを持つバクテリアは複製開始・終結点をそれぞれ一対だけ持っており,ほぼすべての生物でこれらは対称に位置している.現在複製開始・終結点の決定はin silicoによる予測がde factoスタンダードとなっており,これらが実験的に同定されている生物種は少ない.この予測にはリーディング鎖とラギング鎖の複製機構の違いから生じる,グアニンとシトシンの塩基組成バイアスが用いられている.しかしながら,複製の産物として得られた塩基組成バイアスが対称的に維持されている謎はこれまで明確に解明されてきていない.さらに,この塩基組成バイアスは全ての種で正確に保存されているわけではなく,いくつかの種では極端に対称性が崩れていることが確認されており,その揺らぎが何によってもたらされているかも明らかでは
ない.一方で,近年塩基組成バイアスに加えて複製終結点を特定するための新たな因子として4dif配列が注目を集め始めた.4ヴ配列とは28塩基の配列であり,複製終結時に二量体DNAを2つの娘DNAに分割するチロシンリコンビナーゼの標的配列となっている.そのため,この4dif配列こそが生物学的な根拠に基づいた複製終結点であると考えられるようになってきた.ところが4dif配列は未だすべての種で同定されておらず数種で解明されている程度である.
そこで,本研究では塩基組成バイアスの対称性の揺らぎの原因,及び,その塩基組成バイアスと複製プロセスの関係を解明すべく,全バクテリアゲノムを対象とした網羅的ゲノム解析を行なった.まず第2章にて塩基組成バイアスの対称性の揺らぎの原因を探るべく,水平伝播と塩基組成の関係を解析した.その結果,水平伝播と対称性のゆらぎに強い相関関係はないという結果が得られ,さらに挿入された領域の長さや位置,遺伝子の数などにも対称性のゆらぎは依存していない事が解明された.そのため,この対称性のゆらぎは何か別の因子によって引き起こされている可能性を示唆することができた.次に第3章では塩基組成バイアスと複製終結点の関係を解明すべく,dif配列予測を網羅的に行い,その得られたdif配列の位置と塩基組成の関係を解析した.このためには再帰的隠れマルコフモデリングという手法を開発し,前提解析として網羅的にdif配列の予測を行った.その上で,予測によって得られたdif配列と塩基組成バイアスの示す終結点との位置関係を比較解析した.その結果641種・714染色体でのdif配列を予測する事に成功し, dif配列と塩基組成バイアスはほぼ同じ場所に位置している事が判明した.塩基組成の示す終結点とは,複製が行われるにつれて蓄積されてきた塩基バイアスの痕跡と言えるため,バクテリアの複製は恒常的にdif配列近傍で複製を終結してきており,環状ゲノムに維持されている塩基組成バイアスのゆらぎはその結果であるという事が示唆された.
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